【三国志13】黄巾の乱11~北海攻略戦

元黄巾の高昇が下野した。
忠誠は70ちょいぐらいだったか。
今回、忠誠度はどうやって上げれば良いのかいまいちわからない。
とりあえず、今度どこかの戦場で出会った時、手加減はしない。

さて次は太史慈を持つ北海の孔融を攻めることにする。
北海の孔融軍は20000、こちらは5部隊19000で、ひとまず北海近くの集落「斉」に出陣。
予想通り、太史慈が15000の兵を率いて迎撃に出てきた。
斉でぶつかり、開戦。

劉備軍は、劉関張、顔良、そして先ほど引き入れた張コウの5部隊。
対するは太史慈を大将に4部隊。
この戦いで劉ヨウを捕縛、孫観を討ち取った。

そのまま北海へ進軍。
太史慈と武安国の2部隊6000が出てくるが焼け石に水。
難なく攻略。
孔融は滅亡し、劉備軍の軍門に降った。

さぁ、次は人材の宝庫、曹操軍を狙おうか。

【三国志13】黄巾の乱10~趙・ギョウ攻略戦

良将を抱える韓馥を狙うことにした。
劉関張と、鍾ヨウ、新たに幕下に加わった顔良、文醜、田豊、ホウキを甘陵へ異動し、ギョウへ出陣。その数5部隊20000。
対する韓馥軍は28000。

出陣すると、相手も迎え撃ってきた。
張コウ率いる18000の軍と近くの集落、趙にてぶつかる。

相手も5部隊、気になるのは沮授と張コウぐらいで後は雑魚。
我々の敵ではない。
次々と相手部隊を打ち破り、許ユウを捕縛、辛評は部隊壊滅とともに関羽に討たれた。普通に部隊壊滅させても討ち死にするんや!いいね、ゾクゾクする!

さて、18000の張コウ軍を打ち破り、そのままギョウへ突入。
敵軍は3部隊10000と兵力だけ見ると余裕だが、この城、守城兵器に連弩があるのが超厄介。
狙われた部隊の兵士がゴリゴリ削れていく。。。
一つ目の城門を打ち破ったところで、連弩に狙われ、文醜、顔良の部隊が壊滅。
こちらも相手の沮授、ハンポウ隊を撃破するも、最後の張コウ隊が粘る。
連弩と投石で削られ続け、張飛隊も壊滅!
最後の城門を破るころには関羽数百、劉備が2000ほどまで減っていた。

そしてラストの門を打ち破り、城内へ侵入したところで、関羽隊が壊滅・・・!
劉備1部隊のみで猛将張コウとぶつかるも、何とか勝利。
危なかった。。。余裕ぶっこいてたらダメだわ、守城兵器を甘くみたらいかん。

そんな反省も得つつ、無事にギョウを獲得、韓馥軍は滅亡し、多数の良将たちを抱えることができました。

【三国志13】黄巾の乱9~中山攻略戦

さぁ、こちらのターン。
顔良が新君主となった元・袁紹軍は中山に10000ほどの兵を残しています。
南皮の兵力はさきほどの戦闘で残り5000ほどと城攻めには心細い数字なので、ここは鉅鹿にある20000の兵を使うことにします。
ぶん獲ったけど誰も置いてなかったので劉関張を異動させ、出陣。
3部隊14000ほどの兵力で顔良軍10000と戦闘。
最後の抗戦だからか顔良文醜と武力の高い武将たちがいたからか、少々てこずったものの、ゴリ押しで撃破する。

これにて、顔良袁紹軍は壊滅。
反董卓同盟が結ばれることはなくなり、官渡で曹操と袁紹が死闘を繰り広げることもなくなり、歴史が大きく変わりました。

気づけば劉備の存在感は6000を超え、齢26歳にして董卓に次ぎ中国全土に名を轟かせています。
そんな存在感に惹かれてか、捕虜となっていた武将たちが次々と投降してまいりました。
顔良、文醜、田豊といった有能な者たち。
程遠志や麹義といった劉エン様の配下時代に出会った将たち。
仇敵認定されている劉氏だけは折れてくれませんが、それも一興。どうなっていくかこのまま様子を見ておきましょう。

ひとまず、これで袁紹との戦いは終わり、戦後処理もほぼ完了しました。
次は、公孫度、劉虞を滅ぼし北方3都市を抑えている兄弟子・公孫瓚を狙うか。
沮授や張コウといった良将を抱える韓馥軍を叩くか。

劉備を中心に、歴史は動き始めます。